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2015年4月12~13日 滋賀歴史の旅(1) 繖山(きぬがさやま)~観音正寺~観音寺城跡~桑実寺~安土山

安土城跡

 織田信長が天下統一を目標に天正4年(1576)1月17日、重臣丹羽秀長を総普請奉行に据え標高199mの安土山に築城させた平山城。天主完成から3年目の天正10年(1582)6月2日未明、中国毛利へ出陣中の明智光秀の謀反により信長は京都・本能寺で自刃(49歳)。混乱の中6月15日、天主などを焼失、一夜のうちに落城した。原因は織田信雄が誤って焼き払ったという説や敗走する明智軍による放火という説などが有名。(安土城跡ガイドブックより)


 能登川駅~北向十二面観音~猪子山~雨宮龍神社~繖山~観音正寺~観音寺城天主閣跡~桑実寺~安土山~安土駅=石山寺駅 参加者18名


西国薬師第46番霊場 繖山 桑実寺正門

 桑実寺は白鳳6年に天智天王の勅命により創建された古寺で、桑実寺の寺名は、定恵和尚がj桑の木を中国より持ち帰り此の地において日本で最初に養蚕技術を広められたためです。山号の繖山も、蚕が口から糸を散らしマユを懸けることにちなんだものです。往時には二院十六坊の僧坊があり足利第一二代将軍義晴が三年間仮幕府を開いている(桑実寺拝観しおりより)

北向岩屋十二面観音

北向岩屋十一面観音像


観音正寺正門

観音正寺正門

 観音正寺は聖徳太子の創建で西国33番札所のなかでも険しい札所。観音正寺は室町時代以降佐々木六角氏の庇護のもと栄えたが、織田信長の焼き討ちに遭い焼失し、慶長年間に再建された。本堂は平成5年失火により焼失した。現在の本堂は平成16年に再建されたもの。

観音正寺境内

観音正寺境内


観音正寺本殿

観音正寺本堂


観音正寺城本丸跡

観音寺城本丸跡

 近江源氏佐々木六角氏の居城で全山を領域とする山城として日本最大の規模を誇ると言われ国の史跡に指定されている。

桑実寺本堂

桑実寺本堂

国の重要文化財、室町時代初期に再建


桑実寺参道

桑実寺参道

桜の咲くころ、秋の紅葉が見事
安土城跡
安土城跡



大手道

安土城大手道


大手道の石材として使われた石仏

大手道跡の石仏

天主閣跡
天守閣跡

 この部分は天主の穴蔵(地階の部分にあたり、その上にさらに大きな天主がそびえていた。五層七階(地上6階地下1階)、高さ33mの木造高層建築があった。

天主閣跡

天守閣跡

信長公本廟
<br /><br />信長公本廟<br /><br />信長公本廟


織田信雄4代供養塔

織田信雄4代供養塔


三重塔(需要文化財)

三重塔
  
 室町時代の建物で棟柱に、亨徳3年(1454)建立、天文24年(1555)修理の墨書きがある。天正3~4年に信長が甲賀の長寿寺(甲賀石部町)から移建したものとされている。

二王門(楼門)(重要文化財)

二王門(楼門)

 元亀2年(1571)7月甲賀武士山中俊好建立。屋根は入母屋造り、本瓦葺き。門内に安置されている金剛力士像も重要文化財。














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2015.年3月22日(日)~23日(月) 松御道(まつのおどう)~法隆寺・生駒山(2)

信 貴 山

信貴山毘沙門天王沿革


朝護孫子寺と信貴山のシンボル世界一大きい寅

朝護孫子寺と信貴山シンボル「世界一福寅」

 今から1400余年前、日本国の平和を乱す朝敵物部守屋を討伐と、聖徳太子、この山に来り戦勝を祈願されるや、天空遥かに毘沙門天王が出現され、必勝秘法を授けられた。 その日は奇しくも寅年、寅日、寅の刻であった。太子はその御加護で敵を滅ぼされ、世治まリて後、自ら天王の御尊像を刻まれ、伽藍を創建して、信ずべき山貴ぶべき山「信貴山」と名づけられ、以来信貴山の毘沙門天王は寅に縁りがある神として信仰されている。(玉蔵院宿坊案内より)
   国宝「信貴山縁起絵巻)が霊宝館に摸本が展示(本物は奈良国立博物館保管

朝護孫子寺の名の由来

 今昔物語」「宇治拾遺物語」などによれば、信貴山に住む聖の命連(みょうれん)が醍醐天皇の病を祈願によって治癒させた。そして「朝廟安穏、守護国土、子孫長久」の願文に由来する朝護孫子寺を賜ったという。

信貴山 玉蔵院宿坊前で

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三重塔と日本一大地蔵尊

三重塔と日本一大地蔵尊


弁財天

弁 財 天


朱塗りの赤い鳥居が続く

朱塗りの赤い鳥居が続く。


高安山を望む

高安山を望む


信貴山山頂(437m)

信貴山山頂


空鉢御法堂(くうはつごぼうどう)

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信貴山城跡

信貴山城跡


戦国時代の大名 松永秀久(弾正)の居城跡


剣の護法童子

剣の御法童子


 千の剣を身に付け、黄金の車輪を廻し雲を呼びながら、帝の枕元へ急ぐ剣の童子の姿は信貴山縁起絵巻に描かれている。

三重塔阿弥陀如来と日本一大地蔵尊

三重塔阿弥陀如来と日本一大地蔵尊


福神 毘沙門天王

福神 毘沙門天王


朝護孫子寺にて総勢15名

朝護孫子寺にて


信貴山の象徴 大  寅

信貴山の象徴 大寅


朝護孫子寺

朝護孫子寺


石造りの寅

石造の寅


生駒山 暗 峠

生駒山 暗 峠


生駒さんへの道標

生駒山への道標


葛城山と金剛山(億)

葛城山と金剛山


生駒山山頂

生駒山山頂のアンテナ群


生駒山山頂の遊園地の真ん中にある一等三角点

遊園地の真ん中にある一等三角点


生駒山 宝山寺

宝 山 寺




生 駒 聖 天

生駒聖天


重要文化財 獅子閣
需要文化財 獅子閣


明治17年に建てられた擬洋風建築(年2回のみ開覧)

宝山寺境内と獅子閣
宝山寺境内と獅子閣

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ケーブル 宝山寺駅
ケーブル 宝山寺駅



コース

信貴山 玉蔵院宿坊ー三重塔・日本一最大地蔵尊-信貴山-朝護孫子寺=生駒暗峠ー生駒山ー宝山寺ーケーブル宝山寺駅=生駒駅







2015.3月22日(日)~23日(月) 松御道(まつのおどう)~法隆寺・生駒山(1)

奈良歴史の道「矢田丘陵松尾道(まつのおどう)」を歩く。

かつて、法隆寺から矢田丘陵の矢田寺、松尾寺への峠や参詣の道であった松尾道(まつのおどう)を矢田寺から法隆寺へ歴史道を歩く。


法隆寺東大門前にある松尾道(まつのおどう)入口

コピー (1) ~ IMG_9040_1



矢田寺(金剛山寺)(アジサイの頃が見どころ)

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松尾寺(日本書紀編纂にあたった舎人親王ゆかりの寺。日本最古の厄除け寺)

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法隆寺の里に近づく

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法隆寺 東大門

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法隆寺 南大門

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法隆寺 中 門 

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法隆寺 中門の仁王像

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本最初の世界遺産「法隆寺」の碑

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法隆寺 五 重 塔


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法隆寺 大講堂

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法隆寺 金 堂

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法隆寺 中 門

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法隆寺 金堂と五重塔

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法隆寺 聖霊院

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法隆寺 夢 殿 (聖徳太子の供養塔・・・本尊救世観音像(太子の等身像ともいわれる)

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コース

西大寺=矢田寺-国見台-松尾山-松尾寺-法隆寺=信貴山玉蔵院宿坊

2015.2.14 小田原城公園と周辺の名勝巡り

2015.2.14 小田原城公園と周辺の名勝巡り 参加者13名
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小 田 原 城 公 園
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Author:llmmcc
低い山を歩く会は1962年創設の山岳会です。
中高年を中心に、30代から70代まで幅広い年齢層の会員が、日帰りハイキングや夏山縦走、沢登りや岩トレ、雪山登山ま
で、オールラウンドに活動しています。
随時会員募集中です。

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